粟生隆寛 引退が意味不明でヤバイ!?マジか・・・

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粟生隆寛 引退についてのニュース記事

元プロボクシングWBC世界フェザー級、スーパーフェザー級王者の粟生隆寛(36)=帝拳=が6日、自身の誕生日にインスタライブで現役引退を発表した。

【写真】ラストマッチとなった18年3月のガマリエル・ディアス戦

涙を拭いながら「36(歳)になりましたし、ひと区切りつけるのもいいタイミング」と引退を表明。新型コロナウイルス感染拡大防止でジムが閉鎖中のため、記者会見を行えないことから、帝拳ジムの本田明彦会長の了承を得て、自身のSNSで発表することになった経緯を説明した。

技巧派サウスポーの粟生は、鋭いカウンターと巧みな防御を武器に白星を積み上げてきた。千葉・習志野高時代に当時史上初の高校6冠を達成し、高校卒業と同時に帝拳ジムに入門した。2003年にプロデビューし、世界初挑戦となった2008年10月のWBC世界フェザー級王者オスカー・ラリオスとの一戦ではダウンを奪いながらも1―2の判定で敗れた。翌09年3月の再戦のチャンスで3―0の判定勝ちを収め、世界奪取に成功した。

同年7月のエリオ・ロハスとの初防衛戦で判定負けを喫し、王座陥落。しかし10年11月にはWBC世界スーパーフェザー級王者ビタリ・タイベルトを判定で退け、世界2階級制覇に成功した。

12年10月の4度目の防衛戦でガマリエル・ディアスに判定で敗れ、王座陥落。その後はライト級で3階級制覇を目指し、15年5月に米ラスベガスでWBO世界ライト級王座決定戦に臨んだが、レイムンド・ベルトランに2回TKOで敗れた。しかし直後に薬物検査でベルトランの陽性反応が判明し、試合は無効扱いになった。以降は左足首の故障にも悩まされ、18年3月のノンタイトル戦がラストマッチとなった。

戦績は28勝(12KO)3敗1分け1無効試合。プロ生活を振り返り、「全く、悔いもありません。こんな性格の自分がよくやったなと思います。ただ、応援してもらっている人たちに、もう1試合見せられなかったことに未練が残る。きっぱり辞められるボクサーは数少ないと思う」と悔しさもにじませた。

ファンからベストバウトを問われた粟生は「タイベルトか、ターサクじゃないですかね?」とスーパーフェザー級タイトルを獲得したタイベルト戦と、12年4月の3度目の防衛戦となったターサク・ゴーキャットジム戦を上げた。

現在は帝拳ジムでトレーナー見習いとして修業している。応援してくれたファンに感謝の念を示しつつ、今後については「違う方向で力を発揮できれば」と指導者の道を模索していく。

◆粟生 隆寛(あおう・たかひろ)1984年4月6日、千葉県生まれ。36歳。千葉・習志野高で高校6冠を達成。2003年プロデビュー。07年に日本フェザー級王座を獲得(3度防衛)。09年3月に2度目の世界挑戦でWBC世界フェザー級王座を獲得。10年11月にWBC世界スーパーフェザー級王座を奪取し、2階級制覇を達成。12年10月のV4戦で敗れ、王座陥落。身長168・5センチの左ボクサーファイター。

粟生隆寛 引退に関連するWiki情報

粟生 隆寛(あおう たかひろ、1984年4月6日 - )は、日本の元プロボクサー。千葉県市原市出身。元WBC世界フェザー級王者。元WBC世界スーパーフェザー級王者。世界2階級制覇王者。習志野高校卒業。帝拳ボクシングジム所属。
コンバーテッドサウスポー。左カウンターを得意とする。

 

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粟生隆寛 引退についてのネットの反応

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